東京高等裁判所 平成6年(行ケ)3号 判決 1997年1月30日
アメリカ合衆国
ニューヨーク州 コーニング
原告
コーニングインコーポレイテッド(旧名称・コーニンググラスワークス)
代表者
アルフレッドエルマイケルセン
訴訟代理人弁理士
藤村元彦
訴訟復代理人弁理士
西義之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
荒井寿光
指定代理人
綿貫章
同
幸長保次郎
同
吉野日出夫
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者が求める裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第9386号事件について平成5年8月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年8月13日、名称を「低損失ファイバオプティク・カプラおよびその製造方法」とする発明(後に「ファイバオプティク・カプラおよびその製造方法」と補正。以下、「本願発明」という。)について、1985年8月15日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和61年特許願第188803号)をしたが、平成4年1月30日に拒絶査定がなされたので、同年5月25日に査定不服の審判を請求し、平成4年審判第9386号事件として審理された結果、平成5年8月5日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年9月22日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の要旨
少なくとも1つの中央領域と、この中央領域に隣接して長手方向に配置された第1および第2の隣接領域を有している細長いマトリクスガラス体であって、前記隣接領域は一定の所定直径を有しており、前記マトリクスガラス体の直径が前記隣接領域における前記所定直径から前記中央領域におけるそれより小さい直径までテーパしている細長いマトリクスガラス体と、
前記マトリクスガラス体中を長手方向に延長しており、少なくとも1つのコアと、このコアの屈折率より低い屈折率を有するクラッドガラスの層を有しており、前記クラッドガラスの屈折率が前記マトリクスガラスの屈折率より大きい複数の光ファイバを具備しており、
前記ファイバは前記隣接領域内で互いに平行であり、前記隣接領域内における前記コア間の距離が前記ファイバのうちの1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他の1つのファイバに結合できないように十分に大きく、前記マトリクスガラスが前記隣接領域全体にわたって前記ファイバに一体に接着され、それによって前記ファイバと前記マトリクスガラスとの間に間隙が生じないようになされており、
前記中央領域内における前記光ファイバの直径が前記隣接領域内における直径より小さく、前記コアは前記隣接領域においてよりも前記中央領域においてより近接しており、前記中央領域における前記コア間の距離は前記ファイバのうちの1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他のファイバに結合するように十分に小さくなされているファイバオプティク・カプラ(別紙図面A参照)
3 審決の理由の要点
(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲1に記載された前項のとおりと認める。
(2)これに対して、昭和56年特許出願公開第151905号公報(昭和56年11月25日公開。以下「引用例1」という。)には、
少なくとも1つの中央領域と、この中央領域に隣接して長手方向に配置された第1および第2の隣接領域を有している細長いマルチコアファイバ体であって、前記隣接領域は一定の所定直径を有しており、前記マルチコアファイバ体の直径が前記隣接領域における前記所定直径から前記中央領域におけるそれより小さい直径までテーパしている細長いマルチコアファイバ体と、前記マルチコアファイバ体の構成基体であるクラッドの層中を長手方向に延長する複数のコアを有しており、これにより構成される複数の光ファイバを具備しており、前記ファイバは前記隣接領域内で互いに平行であり、前記隣接領域内における前記コア間の距離が大きくなっているが、前記ファイバのうち1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他の1つのファイバに結合しないようには十分に大きくなく、前記クラッドが前記隣接領域全体にわたって前記コアに一体に接着され、それによって前記コアと前記クラッドとの間に間隙が存在しないようになされており、前記中央領域内における前記光ファイバの直径が前記隣接領域内における直径より小さく、前記コアは前記隣接領域においてよりも前記中央領域においてより近接しており、前記中央領域における前記コア間の距離は前記ファイバのうちの1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他のファイバに結合するように十分に小さくなされている光ミキサ
が記載されている(別紙図面B参照)。
また、昭和48年特許出願公開第43947号公報(昭和48年6月25日公開。以下「引用例2」という。)には、
酸可溶性の熱軟化性透明誘電体中を長手方向に延長している、熱軟化性透明誘電体の芯材と、この芯材の屈折率より低くかつ前記酸可溶性の熱軟化性透明誘電体と等しい屈折率を有する熱軟化性透明誘電体のきせかけとを有している導波管
が記載されている(別紙図面C参照)。
(3)本願発明と引用例1記載の技術内容とを比較すると、引用例1記載の「マルチコアファイバ体」と本願発明の「マトリクスガラス体」はともにカプラであり、また、引用例1記載の「複数、クラッド、光ミキサ」は、それぞれ、本願発明の「少なくとも1つ、クラッドガラス、ファイバオプティク・カプラ」に相当するから、両者は、
少なくとも1つの中央領域と、この中央領域に隣接して長手方向に配置された第1および第2の隣接領域を有している細長いカプラであって、前記隣接領域は一定の所定直径を有しており、前記カプラの直径が前記隣接領域における前記所定直径から前記中央領域におけるそれより小さい直径までテーパしている細長いカプラと、前記カプラ中を長手方向に延長しており、少なくとも1つのコアを有している複数の光ファイバを具備しており、前記ファイバは前記隣接領域内で互いに平行であり、前記隣接領域内における前記コア間の距離が大きく、前記中央領域内における前記光ファイバの直径が前記隣接領域内における直径より小さく、前記コアは前記隣接領域においてよりも前記中央領域においてより近接しており、前記中央領域における前記コア間の距離は前記ファイバのうちの1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他のファイバに結合するように十分に小さくなされているファイバオプティク・カプラ
である点において一致し、
<1> 本願発明のカプラがマトリクスガラス体であり、このマトリクスガラス体中を長手方向に延長しており、少なくとも1つのコアと、このコアの屈折率より低い屈折率を有するクラッドガラスの層を有しており、このクラッドガラスの屈折率がマトリクスガラスの屈折率より大きい複数の光ファイバを具備しており、マトリクスガラスが隣接領域全体にわたってファイバに一体に接着され、これによりファイバとマトリクスガラスとの間に間隙が生じないようになっているのに対し、引用例1記載のものは、カプラがこのような構成を具備していない点
<2> 本願発明が、隣接領域内におけるコア間の距離がファイバのうちの1つのファイバ中を伝播しているエネルギが前記ファイバのうちの他の1つのファイバに結合できないように十分に大きくなるようにしているのに対し、引用例1記載の発明は、このような構成を具備していない点
において相違する。
(4)相違点について検討する。
<1> 引用例2記載の「酸可溶性の熱軟化性透明誘電体、熱軟化性透明誘電体の芯材、芯材の屈折率より低い屈折率を有する熱軟化性透明誘電体のきせかけ、導波管」は、それぞれ、本願発明の「マトリクスガラス、コア、クラッドガラスの層、ファイバオプティク・カプラ」に相当する。また、前記「芯材の屈折率より低い屈折率を有する熱軟化性透明誘電体のきせかけ」の屈折率を、その外側に位置する「酸可溶性の熱軟化性透明誘電体」の屈折率より大きくすることは、光の伝播効率を考慮すれば普通のことであるから、結局、引用例2には、本願発明のカプラの構成と格別差異のないカプラの構成が記載されており、引用例1記載のカプラの構成を、引用例2記載のようなカプラの構成とすることに格別な困難性が存するとは認められない。
<2> 引用例1記載の発明においても、中央領域の直径を小さくして、この領域において、1つのファイバ中を伝播するエネルギが他の1つのファイバに効率よく結合するようにして、その結合効率を高めるものであり、この点において本願発明と共通することを考慮すると、前記隣接領域におけるエネルギ結合量の設定は格別なことでなく、コア間の距離をエネルギが他の1つのファイバに結合しないように十分に大きくする程度のことは当業者が適宜なし得た単なる設計的事項にすぎない。
<3> そして、本願発明の効果は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項から当業者が予測できた程度のものである。
(5)したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決は、各引用例記載の技術内容を誤認した結果、一致点の認定及び相違点の判断を誤り、かつ、本願発明が奏する顕著な作用効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)一致点の認定の誤り
審決は、引用例1記載の「マルチコアファイバ体」と本願発明の「マトリクスガラス体」はともにカプラであり、また、引用例1記載の「複数、クラッド、光ミキサ」はそれぞれ本願発明の「少なくとも1つ、クラッドガラス、ファイバオプティク・カプラ」に相当すると認定している。
しかしながら、引用例1記載の光ミキサは、中央の細い部分のみならず、両端の太い部分においても光結合が行われる(両部分は、光結合の効果に差があるにすぎない)のに対し、本願発明のファイバオプティク・カプラは中央領域のみにおいて光結合が行われ、隣接領域においては光結合は行われない。すなわち、両者は、光結合を行う領域と行わない領域とに区分するか否かの点において、基本的構成を異にする。
のみならず、引用例1記載の発明においては、コアとこれを覆うクラッドから成るマルチコアファイバ自体が光ミキサとして機能するのに対し、本願発明のファイバオプティク・カプラは、コアとこれを覆うクラッドガラスから成る光ファイバの外側をマトリクスガラス体で覆う三層構造のものである。また、引用例1記載の発明が所期の作用効果を得るためには複数のコアを必要とするのに対し、本願発明が所期の作用効果を得るためには複数の光ファイバを必要とする。
以上のように、引用例1記載の「マルチコアファイバ体、クラッド、光ミキサ」は、それぞれ本願発明の「マトリクスガラス体、クラッドガラス、ファイバオプティク・カプラ」に対応するものではなく、また、所期の作用効果を得るために複数必要とするものも異なるから、これらを誤解してなされた審決の一致点の認定は誤りである。
(2)相違点の判断の誤り
<1> 相違点<1>の判断について
審決は、引用例2記載の「酸可溶性の熱軟化性透明誘電体、熱軟化性透明誘電体の芯材、芯材の屈折率より低い屈折率を有する熱軟化性透明誘電体のきせかけ、導波管」は、それぞれ本願発明の「マトリクスガラス、コア、クラッドガラスの層、ファイバオプティク・カプラ」に相当すると認定している。
しかしながら、引用例2記載の導波管は、光を伝導するための光学素子であるのに対し、本願発明のカプラは、1本の入力光ファイバからの光エネルギを他の光ファイバに伝達し光の分岐を行わせるための光学素子であって、両者はその技術的本質を異にしており、そのため引用例2記載の透明誘電体、芯材及びきせかけの形状・機能は、本願発明のマトリクスガラス、コア及びクラッドガラスの層の形状・機能と全く異なるものである。
したがって、引用例2には本願発明のカプラと格別差異のないカプラの構成が記載されているとした審決の認定は誤りであり、これを前提としてなされた相違点<1>の判断も誤りである。
<2> 相違点<2>の判断について
審決は、隣接領域におけるエネルギ結合量の設定は格別のことでなく、コア間の距離をエネルギが他の1つのファイバに結合しないように充分大きくする程度のことは単なる設計的事項にすぎないと判断している。
しかしながら、前記(1)のとおり、光学素子の特定領域を光結合を行うように構成することと光結合を行わないように構成することとは全く別異の技術的思想であるから、相違点<2>に係る構成を単なる設計事項とした審決の判断は当たらない。
この点について、被告は、光結合を行う領域とこれを行わない領域とから成る光結合器は本出願前に周知であると主張するが、被告が援用する乙第1号証のみをもって、そのような技術が周知であったとすることはできない。
(3)本願発明が奏する作用効果について
審決は、本願発明の効果は引用例1及び引用例2記載の技術的事項から当業者が予測できた程度のものであると判断している。
しかしながら、本願発明は、
<1> 中央領域の長さの制御のみによって、製造時における光結合量の調整を容易に行うことができる
<2> カプラ端部に内部の光ファイバを露呈できるため、他の光ファイバとの接合が容易である
<3> 隣接領域におけるコア間の距離が十分に大きいため、カプラの側面における他の光ファイバの接合が容易である
<4> 光ファイバをマトリクスガラスで覆う三層構造を採用したため、外部からの影響が光ファイバに及ぶことがなく、光結合率が安定する
<5> 偏波面保存形単一モードのファイバオプティク・カプラを容易に得ることができる
との顕著な作用効果を奏する。このような画期的な作用効果は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項からはとうてい予測しえないものである。
第3 請求原因の認否及び被告の主張
請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 一致点の認定について
原告は、本願発明と引用例1記載の発明は光結合を行う領域と行わない領域とに区分するか否かの点において基本的構成を異にし、引用例1記載の「マルチコアファイバ体、クラッド、光ミキサ」は本願発明の「マトリクスガラス体、クラッドガラス、ファイバオプティク・カプラ」に対応しないと主張する。
しかしながら、引用例1に「マルチコアファイバの1本のコアに結合した光は、コア間の薄いクラッド層を介して隣接するコアに結合するが、特にマルチコアファイバ径を細くしてある部分においては、この効果が大きく、即ちコア間の結合効率が大きく、伝播距離をそれ程とらなくてもマルチコアファイバの1本のコアに結合した光は、他のコア部に分配され、有効な光ミキシングが達成される。」(2頁右上欄5行ないし13行)と記載されているように、引用例1記載の光ミキサにおいても、光結合の機能の程度において明確に区分される2つの領域が存在する。したがって、引用例1記載の光ミキサは、光結合を行う光学素子として、本願発明のファイバオプティク・カプラと基本的構成を異にするものではない。
また、本願発明のファイバオプティク・カプラは三層構造のものであるが、引用例2には審決が相違点<1>の判断において示したとおり、これと格別の差異がない三層構造を有する光回路素子が開示されている。
なお、原告は、引用例1記載の発明が所期の作用効果を得るためには複数のコアを必要とするのに対し、本願発明が所期の作用効果を得るためには複数の光ファイバを必要とすると主張するが、クラッドの中に複数のコアが存在するという意味において両者の間に差異はないから、原告の上記主張は失当である。
2 相違点の判断について
<1> 審決が相違点<1>の判断において引用例2の記載から援用した事項は、カプラを三層構造とする技術である。すなわち、引用例2には、「熱軟化性透明誘電体芯材の被覆として芯材の屈折率に比してわずか小なる屈折率を有する酸に可溶な熱軟化性透明誘電体を用い、その複数本を束ねたもの、もしくはその複数本を再び被覆材中にそう入し反復加熱延伸し光導波管とした後(中略)上記工程を各単一にもしくは組合せて繰り返すことにより光導波管を近接させることを特徴とする光回路素子の製法」(1頁左下欄9行ないし13行)、「本発明は対をなす、もしくは複数の透明誘電体導波管を製作し、これを後加工して光回路素子とするものである。」(2頁左上欄18行ないし20行)と記載されている。そして、審決は、「導波管」という表現によって、「光導波管」及びこれから作られる「光回路素子」を三層構造とする技術を援用している。そして、この引用例2のカプラ(光回路素子)の3層構造を引用例1記載のカプラの層構造に換えて採用することに格別困難なことはないから、相違点<1>に係る審決の判断に誤りはない。
<2> 原告は、光学素子の特定領域を光結合を行うように構成することと光結合を行わないように構成することとは全く別異の技術的思想であるから、相違点<2>に係る構成を単なる設計事項とした審決の判断は当たらないと主張する。
しかしながら、ファイバオプティク・カプラ(光ミキサ)を光結合を行う領域と光結合を行わない領域とによって構成することは、昭和59年特許出願公開第198419号公報(乙第1号証)を例示するまでもなく、本出願前の周知技術である。したがって、引用例1記載の光ミキサにおいて、光結合の機能の程度において区分される2つの領域の設計に際し、その一方を光結合を行わないように構成することには何らの困難も存しない。したがって、相違点<2>に係る審決の判断にも誤りはない。
3 本願発明の作用効果について
原告は、本願発明の作用効果として5点を挙げている。
しかしながら、原告主張の作用効果はいずれも当業者ならば容易に予測できた事項、あるいは自明の事項にすぎない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書、図面)及び第3号証(手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)及び構成が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
(1)技術的課題(目的)
本願発明は、ファイバオプティク・カプラ、特にこれを製造するための低コスト方法に関する(明細書9頁11行ないし14行)。
ある種のファイバオプティク・システムは、1本のファイバ中を伝播する光の少なくとも一部分が、1本またはそれ以上の他のファイバに結合されるカプラを必要とする。各コア装置における2つの近接したコアの間で結合が生じることが知られており、結合効果は、コアの間隔の減少にともなって増大する(同9頁15行ないし10頁3行)。
これらの原理に基づいた多数のカプラが開発されている(同10頁3行、4行)。しかし、これらの方法は、労力を要するが、予め定められた所望の結合特性を有するカプラが形成されるとは限らないし(同10頁18行ないし20行)、製造工程の多くが非常に労力を要するものであり、大きなコスト高の要因になっている(同12頁18行ないし20行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の難点を克服し、低損失のカプラを作成するための低コスト方法と、ファイバを容易に連結しうる製造の容易な光ファイバ用カプラを提供することである(同13頁1行ないし6行)。
(2)構成
本願発明は、前記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書3枚目2行ないし4枚目13行)。
2 一致点の認定について
原告は、本願発明と引用例1記載の発明は光結合を行う領域と行わない領域とに区分するか否かの点において基本的構成を異にし、かつ、本願発明のファイバオプティク・カプラは3層構造のものである点においても引用例1記載のマルチコアファイバ体と異なると主張する。
しかしながら、審決は、本願発明のファイバオプティク・カプラと引用例1記載の光カプラとは、一定の所定直径を持つ2つの隣接領域の中間にそれより小さい直径までテーパした中央領域を有し、その中央領域においてコアが近接し光結合が行われる光回路素子である点において一致すると認定しているのであり、この認定自体は原告も争わないところであって、何ら誤りはない。そして、光回路素子の一部領域を光結合を行わない領域とするか否か、及び、光回路素子の構造が二層であるか三層であるかの点は、審決は相違点<2>及び<1>として摘出しているのであるから、これらの点の差異を捉えて一致点の認定の誤りをいう原告の主張が当たらないことは明らかである。
この点について、原告は、引用例1記載のマルチコアファイバ体は本願発明のマトリクスガラス体に対応せず、また、所期の作用効果を得るために複数必要とするものも異なると主張する。
そこで検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1記載の発明は「単一のクラッド層の中に複数のコアが近接して配置され所定の長さを有するマルチコアファイバを用い」(1頁左下欄5行ないし7行)ると記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。すなわち、引用例1記載の発明は、1つのマルチコアファイバ体のクラッド層の中に存在する複数のコアの間において光結合が行われるものである。これに対し、前記認定の本願発明の要旨によれば、本願発明は1つのマトリクスガラス体の中に「少なくとも1つのコアと、クラッドガラスの層を有する光ファイバ」が複数存在することを要件とし、その複数の光ファイバの間において光結合が行われるものである。しかしながら、複数の光ファイバの間において光結合が行われるということは、とりもなおさず、各クラッドガラスの層の中に存在するコア(それが1つであることも、複数であることもある。)の間において光結合が行われるということに他ならない。したがって、クラッドガラスの層を有する複数のコアの間において光結合が行われる光学素子の構成の観点からみる限り、本願発明のマトリクスガラス体と引用例1記載のマルチコアファイバ体との間には技術的に有意の差異はないから、原告の上記主張は失当である。
3 相違点の判断について
(1)相違点<1>に係る審決の判断について、原告は、引用例2記載の導波管は本願発明のカプラと技術的本質を異にしており、その透明誘電体、芯材及びきせかけの形状・機能は本願発明のマトリクスガラス、コア及びクラッドガラスの層の形状・機能と全く異なると主張する。
検討するに、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例2には、「熱軟化性透明誘電体芯材の被覆として芯材の屈折率に比してわずか小なる屈折率を有する酸に可溶な熱軟化性透明誘電体を用い、その複数本を束ねたもの、もしくはその複数本を再び被覆材中にそう入し反復加熱延伸し光導波管とした後(中略)上記工程を各単一にもしくは組合せて繰り返すことにより光導波管を近接させることを特徴とする光回路素子の製法」(1頁左下欄9行ないし18行)、「第2図は素材の組み合わせを示すもので、(1)が屈折率n2の熱軟化性透明誘電体のきせかけ(2)が屈折率n1の熱軟化性透明誘電体の芯材でありn1はn2よりほんのわずか大きめとする(3)は熱軟化性透明誘電体(1)と屈折率、誘電率など物理的性質の等しい熱軟化性透明誘電体のきけかけで」(2頁右上欄4行ない9行)と記載されていることが認められる(別紙図面C参照)。なお、前掲甲第5号証によれば、引用例2には、「対をなす、もしくは複数の透明誘電体導波管を製作し、それを後加工し回路素子とする」(2頁左上欄18行ないし20行)、「この製法によると分波回路、方向性結合器、共振器などの光回路素子も簡単に製造可能となる。」(2頁右下欄20行ないし3頁左上欄1行)と記載されていることも認められる。
このように、引用例2には、光学素子を三層構造とする技術が示されていることが明らかであるから、引用例2には本願発明のカプラの構成と格別差異のない構成が示されており、引用例1記載のカプラを引用例2記載のような構成にすることに困難性は認められないとした審決の相違点<1>に係る判断は、是認できるものである。なお、審決が相違点<1>の判断に当たって引用例2から援用した事項は、光学素子を三層構造とする技術のみである。したがって、引用例2記載の光学素子が光結合を行うか否か、その構成部材の形状・機能が本願発明のそれと具体的に対応するか否かは、引用例2の記載から上記技術を把握することの妨げとならないことはいうまでもない。
(2)相違点<2>の判断について、原告は、光学素子の特定領域を光結合を行うように構成することと光結合を行わないように構成することとは別異の技術的思想であるから、相違点<2>に係る構成を単なる設計事項とした審決の判断は当たらないと主張する。
しかしながら、前掲甲第4号証によれば、引用例1には「マルチコアファイバの1本のコアに結合した光は、コア間の薄いクラッド層を介して隣接するコアに結合するが、特にマルチコアファイバ径を細くしてある部分においては、この効果が大きく、即ちコア間の結合効率が大きく、伝播距離をそれ程とらなくてもマルチコアファイバの1本のコアに結合した光は、他のコア部に分配され、有効な光ミキシングが達成される。」(2頁右上欄5行ないし13行)と記載されていることが認められる。すなわち、引用例1には、その光ミキサが光結合の機能の程度において明確に区分される2つの領域から成ることが開示されているのである。そして、複数の光ファイバ間の光結合量は、他の条件を一定にすれば、各コア間の距離に対応するものであり、各コア間の距離が一定値以上になれば光結合が行われないことは、技術的に自明の事項である。したがって、引用例1記載の光ミキサにおいて光結合量の調整を容易に行えるようにするために、光結合を行う領域を光結合量の多い領域のみに限定し、光結合量の少ない領域を光結合を行わないようにして本願発明の構成を得ることは、当業者ならば何らの困難もなくなしえた設計事項にすぎないというべきである。
よって、相違点<2>に係る審決の判断にも誤りはない。
4 本願発明の作用効果について
原告は、本願発明が奏する作用効果として、
<1> 中央領域の長さの制御のみによって、製造時における光結合量の調整を容易に行うことができる
<2> カプラ端部に内部の光ファイバを露呈できるため、他の光ファイバとの接合が容易である
<3> 隣接領域におけるコア間の距離が十分に大きいため、カプラの側面における他の光ファイバとの接合が容易である
<4> 三層構造を採用したため、外部からの影響が光ファイバに及ぶことがなく、光結合率が安定する
<5> 偏波画保存形単一モードのファイバオプティク・カプラを容易に得ることができる
と主張する。
しかしながら、本願発明は中央領域の長さの制御によって光結合量の調整を行うことを要旨としておらず、前掲甲第2号証によれば、本願明細書にもこれに副う記載は全く存在しないことが認められるから、<1>を本願発明に特有の作用効果とみることはできない。
次に、前掲甲第5号証によれば、引用例2には「素材の中央部を酸に侵されない適当な物質で保護し、酸性溶液中に浸し酸に可溶な熱軟化性透明誘電体を浸出し、自由になった両端を」(2頁右下欄3行ないし5行)と記載されていることが認められるから、<2>の作用効果は引用例2記載の発明においても奏されているものである。
また、隣接領域におけるコア間の距離が中央領域におけるコア間の距離より大きいことは、前認定のとおり引用例1記載の光ミキサにおいても同じであるから、<3>の作用効果も本願発明に特有のものでないことが明らかである。
さらに、光学素子を三層構造にすれば、二層構造のものよりも外部からの影響を回避しうることは当然であるから、<4>の作用効果は自明の事項にすぎない。
最後に、原告主張の作用効果<5>は、本願発明の特許請求の範囲には全く規定されていない事項に基づく作用効果であるるから、これをもって本願発明の作用効果と認めることはできない。
したがって、審決には本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した違法は存しない。
5 以上のとおり、審決の認定判断は正当であって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間の附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)
別紙図面 A
第1図は本発明の方法で利用されうるガラス・プリフォームを示す図、第2図はロッドを形成するためにプリフォームを延伸する状態を示す概略図、第3図および第3a図は切断されたユニットを、それの中央領域に内方のテーパをつけるために、加熱しかつ延伸する状態を概略的に示す図、第4図および第5図は第1図のプリフォームを作成する方法を示す図、第6図はカプラに光ファイバを接続するための種々の方法を示す図、第7図はマトリクス・ガラスの一部分を除去してその中のファイバの端部を露呈させるためのエッチング方法を示す図、第8図はエッチング処理後のカプラ・ユニットを示す図、第9図は本発明に従って形成された透過型のカプラの斜視図、第10図は本発明に従って形成された反射型カプラの斜視図、第11図および第12図は単一偏波面型単一モード・カプラを形成するために用いられうるカプラ・プリフォームの断面図である。
図面において、10はカプラ・プリフォーム、12、13はコア、21はユニット、22はバーナ、23は中央領域、31はプリフォーム、32はバーナ、33はクラッド・スートの被覆、42はプリフォーム、44はコア部分、46はクラッド部分、48は穴、50はガラス・ロッド、54はクラッドガラスの層、66はカプラ、67、68はコア、69、70はファイバをそれぞれ示す。
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別紙図面 B
7…マルチコアファイバコア部
8…軸方向の一部の経が細くなったマルチコアファイバ
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別紙図面 C
1…熱軟化性透明誘電体 2…熱軟化性透明誘電体
3…酸可溶性の熱軟化性透明誘電体
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